improvisation / Derek Baily
2009年02月01日
デレク・ベイリー氏の著書『インプロヴィゼーション―即興演奏の彼方へ』の、最終第9章を読みました。この本、ずーっと前に買って始めから順番に読んでいってたのに、何故か第9章の手前で止まっていた。
第1章 インド音楽
第2章 フラメンコ
第3章 バロック音楽
第4章 教会オルガン音楽
第5章 ロック
第6章 聴衆
第7章 ジャズ
第8章 現代音楽
第9章 フリー・インプロヴィゼーション
第9章といっても、量的には全体の3分の1くらいを占めているこの本のメイン部分。自身の活動を通して培った思考のプロセスはもちろん、それに関わってきた他の演奏家たちの発言を多く含んでました。
面白いと思ったのは、
・Music Improvisation Companyでのヒュー・ディヴァーズ(ライヴ・エレクトロニクス)の当初の役割とその変化について語っている部分
・演奏者同士の関係の重要性について、エヴァン・パーカーがあるステージでのエピソードを語っているところ
・ジェイミー・ミュアーの「ぼくは骨董屋より廃物屋の方が好きだ・・・」に続く発言
・器楽と声楽の根源的な違いについて
・“練習”や“ランゲージ”について
・グループがながく続くことの弊害
・インプロヴィゼーションに対する批判や、途中でやめてしまった演奏家のコメント
・自身の音楽的欲求についての具体的な言及
他にもまだまだあって、とても全部は触れられない・・・。
そして、最後のむすびの部分、インプロヴィゼーションとは何か?について、音楽家から哲学者、詩人など6人の短い定義を添えて、ベイリー氏は自らこう述べています。
(略)インプロヴィゼーションは音楽の本質に似ている。音楽は本質的にはかないものであり、核心はそれが演奏される瞬間にある。 (略)だが、インプロヴィゼーションは議論や判断を必要としていない。演奏場面にいる音楽家としての存在に本来含まれている創造的意欲に合致し、また音楽家の全存在を音楽創造という行為に巻き込むものであるからこそ、インプロヴィゼーションは存在する。他のなにものもこれはできない。(訳:竹田 賢一, 斉藤 栄一, 木幡 和枝)
かっこよすぎです。
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↓ちなみに装丁は戸田ツトムさんと松田行正さん!
<おまけ>
Derek Bailey - talk & play (+ Steve Noble & Alex Ward duo)




